自作 木工旋盤

数年前、山陰の方にドライブにいった時、道の駅で食事を済ませて、散歩をしていると、木工教室の看板が有ったのでのぞいてみると、老人が木工旋盤を使って、丸い重箱のようなものを作っているのを見て、時間も有るし、好奇心旺盛な私もやってみたくなり
「私にも出来ますか」とここの先生兼館長に聞いてみると、「誰でも出来ますよ」というので、施設の使用料と材料費を払って挑戦、
危険な作業のようなので不安はあったが、結構問題なく、思ったとうりの線、面が出せるのでこれは面白いと感じました。ここの先生にこのマシンはいくらくらいですがと聞くと80万円との事でした。 ちょっと遊びには高いマシンだとあきらめる。

そうしている間に初めて挑戦した、木工旋盤での小さいお盆が完成、先生にドウですかと出来たお盆を見せると「まだまだ、何回か来て練習してください」と言われている横に、先ほど隣で丸い重箱を作っていた老人が私のお盆をとり、裏、表を確認し、「ワシより上手やん」といってくれました、彼は「ワシは7年かよっている」のに「上手くならん」と言って、「あんたもはじめたら」と誘われました。この言葉に私も、少しはやる気になってきました。

この日から数週間後、ケアキの65センチ位の角で厚み4センチの板を持ってこの木工教室に行って、特別大きなお盆を作ろうと、素人の勝手な考えで行くと、ここの先生はこの板を見て、私に何もアドバイス無く、35センチ位の丸いものにして、センターにチャック受けの穴を開けて、はい、これでお盆を作りなさいと渡されたとき、私はガッカリして、ここには二度とこないと誓いました。

木工の先生なら、木を見てここの機械には、この材料は大きすぎてセット出来ないので、他の材料でやってみてはとアドバイスしてもらいたかった。
こんなことでこの後、木工旋盤について、5年ほど私の頭の中から消えていたのが、昨年2008年の3月、加西の石の彫刻家の作業場を見学していると、大きな声で木工旋盤について自慢している人がいたので、すぐに彼に近寄り、「一度自作の旋盤を見せてほしい」と頼むと、気軽にいつでもどうぞとの事、彼は大工さんなので、木材で骨組みをつくっていた。
彼のマシンは市販の物と違い、外のカバーが無いので一目で構造を見ることが出来たので、自分の旋盤を製作するアイデアーがすぐに整いました。
彼は、後に私の旋盤の師匠となる、兵庫県三木市口吉川で「刳くり 工房」をされている川アさんです。

この後、姫路に帰り、旋盤のチャック、ピロ、プリー、モーターなどを注文、木工旋盤の自作はスタートすることになりました。


2008年3月20日

旋盤に必要な、チャックを注文
数日後に旋盤の一番重要なチャックが到着、チャックに合わせて
シャフト、ピロ、モーターからの動力を受ける、プーリーを買い集めて、他のパーツに合わせて加工するため、何時もボディビルの器具の精密なパーツなどでお世話になっている、鉄鋼の旋盤工場三木鉄工所に頼んだ。
これらが2週間後に、いろいろなパーツが可動するように旋盤加工され
すべての部品が届く。

2008年4月2日

チャック、ピロ、シャフト、プリーを中心に、自分の身長、作業をする姿勢などを考慮して、サイズを確認しながら、スケッチのような図面と照らし合わせて、本体材料の切断作業を開始
なにぶん、初めての経験、資料なし、同じような機械を今までにあまり見たことが無いので、図面もたびたび変更、予定どうり行かないところも、2~3ケ所、
それでも、大体は出来上がった。
次にモーターの回転をチャックに伝える、Vベルトのサイズの確認、これは4回、工具屋を行ったり来たり、実物合せしか方法が無い、原子的な実物合せしか方法がなかった。
2008年4月16日

モーターもスピードを変えられる、反転も出来る物にと思ったが、なにぶん初めての挑戦、完成してからも、何が良いのか分からないので、まずは完成させて、使って経験を積んだ後、判断することにした。
とりあえず、普通のモーターだけで完成させました。

試運転してみると、何とか使えます、また、経験者にも使用してもらうと回転はほんの少し遅いが、このままでも辛抱できるとの言葉。

つぎに、私の作った、バイト旋盤用の刃物は35ミリと幅が大きいのに旋盤の回転が遅いので、出来は上がりが少し荒いので、15ミリ位の刃に作りかえると、切れ味も良くなり、出来上がりも綺麗になり、削りカスも綺麗なものがビュンビュン飛ぶので、上手くなったような感じで作業が出来るように成った。

友人のアドバイスは、今の回転では、バイトの刃の幅を後もう少し小さく8ミリ位にすれば良いとの事、柄は80センチ位と普通の物の3倍ほど長いが、これはすばらしい、初めて見たとほめてくれました。
このアドバイサーに近い内に鉄製のバイトを1本プレゼントすると約束しました。
最後にスイッチを手元の安全な場所に設置。
まだまだ、溶接は仮付けだけで塗装も無いのに、作品作りに挑戦。

やっている途中で、この旋盤は丸に削るのみなので、私の性分には合わ無いような気がしてきた。
半年位はこの旋盤を使わずに、ノミとハンマーでで削ることばかりやっていたが、つい最近、溶接も本付けし、塗装も済ませて完成しました。

2009年の4月11日に13ケ月かかって、このマシンは完成しました。


上の3枚は昨年テストしたものです。

下の2枚は材料があったので、完成後のテスト作品
たまたま、材料があったので2枚製作、一枚は彫刻刀で彫ってみました。

ロクロマシンでの製作はスピードがあるので、作業は楽しい。
が、丸だけでは何か物足りない。

後1つ感じたことは、チャックの爪が、市販の物は木材には合わないので、チャックと作品の間に入れる、鉄製のパイプを加工したリングが必要。旋盤屋に頼んだ。
これが出来るともっと順調に作品作りが出来ると思うので、
これからはもっとやる気が出るでしょう。

今から7月19日のアメリカンヘルスのジムの大会が終わるまで、忙しくなるので、あまり作品は作れませんが、秋にはいろいろな物を公開したいと思います。

ロクロ旋盤では丸いものを丸く作るので、何か満足できず、
ホームセンターに行くと、スプルスのような板の1X6 1X10インチの板があったので買って彫ってみた。
この数日前にテレビで、柏もちを包む、柏の葉には、家系が絶えないという意味があるといっていたので、柏の葉の作品を作っても意味があると挑戦。
これは自分の思うままに彫ったので結構気楽にスムースに作品が出来るので楽しい、ニスやカシュウ、柿渋で塗装もしてみた。
彫刻のついでに、何かに使った柱の端が倉庫の片隅にころんでいた。、 3X3 4X4インチの柱の短い木片で仏像の顔に挑戦。

今年の正月、台湾の友人の家族に連れて行ってもらった木彫の町、苗栗縣三義郷でプロの仏師の仏像を彫るところを見せてもらった時、身体、衣は何とか出来そうに感じたが、顔は自信が無かったので、勉強をかねて頭部に挑戦。

しかし、顔を彫って見ると、もう少し、もう少しと手を加えなければならなくなり、終わりが無いような感じなので、私の性分には合わない事が分かりました。
こんな事で6つで終了



2009年4月22日

やはり自分の手で彫刻刀、ノミを使って彫るのが一番楽しいし、
完成後も満足できる。感じがする。
ロクロ旋盤は木工加工の道具の一つと考える事にした。

左上の四角いボールはブビンガでアフリカをイメージして作りました。
右の上は三角のボールは友人の居酒屋のおつりを入れるお盆をイメージして製作しました。
右下の自然木のお盆は渋柿の株で花台でしたが、お盆に加工しました。


左下にある、四角い、木の自然のままの地肌を残して削った、お盆は私の作品でなく、三木市口吉川の師匠の刳 工房の川アさんが、これを参考に新しい作品作りにとプレゼントしてくれました。
新しいアイデアーへの参考作品です。

これらを参考に面白い作品を作りをに挑戦したいと思っています。
2009年5月28日

毎日大会の準備で忙しく、ストレスの多い日々をすごしているが、夕食の前、1時間位時間があるので、この時に練習した作品。

まず、中心にある大きな板は失敗作です。
自然の樹皮付きの45センチの角のお盆を作る予定でしたが、材料が桐の為、私のテクニック、刃物、回転が合わず、きれいに削れないので、手彫りの彫刻刀で削って見ると、結構きれいに彫れるので、何か面白いものをと考えたとき、インドネシアのバリの芸術家の彫った、カエルの彫刻を思い出し、カエルの親子を彫って見ました。

次に、左上はヒノキで近所の83歳の日本画を書くおばあさんにプレゼントするために作りました。

右上のものは中心に円を入れて見ました。多分これがこれから私が挑戦するものの元になる型だと思っています。

左下は、少し深く、菓子などいっぱい乗せられるように作ってみました。

右下の竹の絵のお盆は50年位前、高校生の時に先生が彫刻していた、鎌倉彫を思い出し、自己流で彫ってみました。

2009年6月30日
6月の15日までは大会協賛のお願いで、忙しく町中を走り回り時間がなく、工房農業倉庫ですが、に入る気もなく過ごしてきましたが。大会のプログラムの原稿を印刷屋に渡した20日頃からは
時間も気分にも余裕ができてきたので、
以前に製作したカエルに色をつけて見ました。この色は20年前に韓国のプロの画家に頼んで力士の絵を描いてもらった時に、お礼に何かとたずねた時、彼は日本の岩彩がほしいというので、この時彼の分と自分用と2セット買ったのが、へたくそな絵でも少しは上手く見えるようにしてくれる岩彩。
中でも、新緑のミドリ、なすびのパープル、曙のような朱色の3色が特別気に入ってよく使う色の岩彩を今回も使って着色しました。

真ん中は月を見ながら大自然に感謝する、インディアンの若者の彫刻は赤穂のアメリカングッズの501のオーナーが、アメリカンヘルスのシンボルのロードランナーの木彫、それも大、中、小と3匹も
を下さったお礼に、トライしました。

最後は高校の同窓の優等生が嫁いだ、福崎の醫王寺の勝手口の壁に有った、良源大師こと、角大師に挑戦、本物は魔よけの為、迫力の有る感じですが、私のは何も意味はなく、明るいソフトムードに、色を付けて、下手な彫刻をごまかした仕上げになりました。   完成して分かったのですが、左右や頭上には木目で後光が差しているような、神がかったような自然のラインが出ていました。

次回は熊の彫刻をしているので、アップしたいと思っています。

2009年7月11日
一週間以前に完成していましたが、ジムコンテストのプログラムを町中を走り回って、150軒位のスポンサーに配りまわっていたので、時間が無く、今日11日になりました。

北海道で昔、熊の彫刻を彫っている所を見せていただき、土産物やで並んでいるものを見て、簡単だと、長い間決め付けていましたが、

実際にやってみると簡単に見えて、難しい、アイヌの熊彫りの人が同じものを彫って味が無いな等と思っていたが、どんな熊でも、難しいことが良く分かりました。
本当に長い間、アイヌの熊彫りの方々に失礼しました。
2009年7月16日
大会を前に今日やっと準備が整ったので、少し気持ちに余裕が出来たので、この1月半、夕食の前、日曜日の空いている時間を見つけては、ケア木とホウの木の木皮の部分を残した材料で、
私好みのお盆が、順調に出来たので写真にしました。

赤みの物がケヤキ、白っぽい物がホウの木の作品です。
どれも日本の材木で材料が良いのか、経験の浅い素人には良い出来栄えに見えるので、うれしくなってきました。

最近、旋盤屋さんでアドバイスをいただいたのに、削る刃物は完成バイトと言うものが
あり、自分で使いやすい刃に改造して、使うものを教えてもらったので、
早速、工具やに注文、
到着したので大会が終わり次第、刃と刃を取り付けるパーツ作り、柄に取り付け、テストしてみたいと考えています。
完成バイトは1本、2300円でした。
2009年8月7日、
先月の19日にジムの大会が終わり、時間が少しあったので、今年の2月に家の前の公園にあった枯れた古い柳を市の職員が伐採していたので、根の付近をもらって来ていたものを旋盤にて形成してみた。
これを何とかもっと見栄えの良いものにしようと、塗装に挑戦。

毎日、大雨が続く中、素人が塗装の知識も無いのに、知らない塗料を使って塗装に挑戦。
案の定失敗に失敗。今週に入って晴天が続いたので、失敗した塗料は全てはがし、やり直し、2週間かかってやっと自分のイメージしていた、色,感じに仕上がり写真にとって見ました。


2009年8月9日
久しぶりに何も予定の無い休みなので田舎に行ってゆっくりする予定だったが、大雨注意報でダメ、2年前に明石の北部の八千代町の大工の爺さんにケアキの板を買ったときに、これも持って帰れと気前良く2枚の板をもらった板に挑戦。
彼はハート型のテーブルトップにするために上下2枚に割った片方に、太いネジくぎの折れたものが入っていたので気軽にくれたのだろうか。
これを私は確認もせずに自信満々挑戦。
外形が出来たところで、大きな問題が、穴の中に金属を発見。
穴の奥2cmの所で直径8mm位の折れたネジの先が見えているが、どのくらいの長さの物が奥に隠れているのか分からないので、注意しながらノミで周りをほじっていったり、鉄の切断ノコで周りの板を切断したりしてやっと長さ6cmのネジくぎの折れた先を取り出すと、右の写真のような大きな虫食いのように成ってしまった。
この穴を上手く利用して格好の良い柏の葉に仕上げようと挑戦したが、
赤味のケアキは硬い、サンダー、ノミ、彫刻刀もすぐに使えなくなるしまつ、チェンソーだけがたよりで何とか3時間で形がついた。
後はノミで少しづつ整えるより方法が無く、半日がかりで一日苦労しました、しかし、材料がケアキ、それに作品が大きいので迫力があり、素晴らしい出来栄え。サイズは70cmX35cmで硬くて苦労しましたが満足の一品です。